初心者が柔術の教則動画を探すのは難しい【おすすめは定番作品から】

BJJ LABの運営に携わっているからなのか、ジムの仲間から「どんな教則がお勧めですか?」とよく聞かれます。

難しい質問です。自分が見て良かったものが質問者にとって良い教則とは限らないからです。そもそも教則動画を選ぶのことって難しいですよね?

今回はなぜ柔術の教則動画を選ぶのが難しいのか? どのように選べばいいのか? について考えてみました。

筆者紹介:延藤素康

BJJ LABのマーケティング担当。ブラジリアン柔術・青帯。初めて試合に負けた日に教則動画を買い、急成長して1年で青帯へ。練習と同じくらい教則動画の視聴を大事にしています。

受験勉強の感覚では教則動画は選べない

以前仕事で高校生に数学を教えていました。当時「どんな参考書がおすすめですか?」と訊かれることがよくありましたが、困ったことはありません。なぜなら、どれを選んでも大して変わらないからです。

というのも大学受験の出題範囲は「教科書で扱われるもの」と明確に決まっています。どれを選んでも辿り着くゴールはほとんど一緒です。習熟度の違いあるだけです。ノウハウ(解法)だけでは高得点は取れないので、計算力などを鍛える必要はありますし、難易度や出題傾向は大学ごとに異なりますが、相手が決まっているので参考書を選ぶのに困ることはありません。

一方、柔術にはゴールがあるが一律ではない

ゲーム単位では相手をスイープorパスする⇒サブミッションを狙うというルートがありますが、自分から仕掛けない限り全く起こらないシチュエーション、テクニックも多数存在します。

また受験と異なり、柔術では履修範囲の網羅性を上げること=実用的とはなりません。試合に出ない人もいるので、個々の小さなゴールを設定して、そこに必要なテクニックを選ぶしかありません。

逆にいえば、強くなる(制圧する)ことだけを目的とするなら教則動画を使わなくても十分可能ですし、トップ層を除けば教則は全く見ないけど強い人は存在します。

柔術は個体差が大きいし、好みもある

人間の身体は個体差が大きい。手足の長さ、柔軟性も異なります。また、対人スポーツである以上、相手の体格によってかかりやすい/にくいも存在します。

さらに戦い方の好みもあります。たとえば僕はハーフガードをやりますが、ディープハーフはやりません。膠着する戦いが好きではなく、スイープした後のポジションから狙いやすい噛みつきパスが得意でないというのも理由です。

一方でディープハーフが大好きな人もいますね。グイグイ首と顔を擦られながら、粘りに粘って最後の2点を取って勝つみたいな。本当に好みなんだなと思います。

初心者向けの教則動画は少ない

これはコンテンツ事業者にとって大きな課題だと感じています。現状、初心者に必要なことが盛り込まれた教則動画はほとんどありません。特定のガードをテーマにした教則が大半です。

初心者にとって特定のガードを学ぶということも有効ですが、その前にやらなければならないことがたくさんあります。

  • パスガードされない⇒ガードのキープ、リテンション
  • 抑え込まれる⇒ガードに戻す
  • サブミッションを仕掛けられる⇒エスケープor予防

そのほかやったらダメなことはたくさんあります。たとえばフレームを作らないままエビをする、マウントを取られた時に両腕で相手を抱える、押さえ込まれた相手に背中を向けるなど。

まずは一気にやられない(やられる頻度を落とす)
⇒ゆとりができる
⇒徐々にスイープするチャンスが生まれる
⇒パスガードやサブミッションも狙える

ようになってきます。

なのでやってはいけないことや定石を知らずに「●●ガードからのスイープ、サブミッション」ができるようにはなりません。

初心者におすすめ(延藤が見たもの)

使う人が少ない=初心者ができない、とは限らない

僕は白帯で初めて試合に負けて橋本知之さん『デラヒーバ66』を買いました。これでデラヒーバ⇒ベリンボロ、クラブライドが得意になりました。

なぜベリンボロが得意になったのかというと、この教則ではデラヒーバガードの作り方の説明の直後にベリンボロ、クラブライドの説明が始まるからです。単純な理由です。

ある程度柔術をやった人は「この教則は難しそう」と思うかもしれません。本作の「コンセプト(後述)」から考えるとすごく自然な流れなのですが、当時は知識がなかったのでベリンボロ⇒クラブライドに対して先入観もなかったので、ひたすら反復練習をして結果的に得意技になりました。

コンセプトを学ぶと理解が早くなる

柔術のテクニックは自由なので、講師の説明もバラバラです。しかし、どの教則にも特有の「コンセプト」があり、そこを理解することが教則動画を習得する上での近道です。

ではコンセプトとは何か?

「コンセプト」の意味・捉え方は人によって違います。

↓関連記事:BJJ LABスタッフの下前さんが考えるコンセプト

僕は「その講師にとって最も自然な『流れ』のこと」と捉えています。

なので、講師のコンセプトがあなたの目指すゴールとは異なる可能性は十分にあります。

どうあれまずはその講師が考える流れをしっかりインストールすることが重要になります。

コンセプトを無視して、つまみ食いして覚えることも有効ですが、それならほかの教則でもいいかなと思います。同じガードの教則でも講師によって全然違う作品になるので。

具体例で説明します。

先ほどの橋本さんの『デラヒーバ66』であれば、

基本的に橋本さんはデラヒーバからバックテイクしたい、なのです。

  1. バックテイクへの一番の有効ルートがベリンボロ
  2. 次にクラブライド
  3. 展開が変わった場合のリバースデラヒーバやラッソー
  4. デラヒーバを維持できない時のアンダー
  5. 種々の展開が網羅的に説明されている

これはあくまで僕が捉えたものなので、橋本さんの考えとは多少異なるかもしれませんが、大きく外れていないはずです。

と捉えれば、目次の流れはすごく普通なのです。『デラヒーバからまずはバックテイクを狙う』に賛同できない人はこの教則動画は合いません。あるいは理解に時間がかかります。

ゴールから逆算するのもありだが、知識がいる

僕は最近ベリーダウン式のフットロックをよく使います。以前スパーリングでBJJ LABライターの楢山さんのフットロックを食らって、自分も使いたいと思っていました。

どうすればこの形になるのかな? と考えると、一つは草刈から行くのがラクだったので「草刈⇒フットロック」と設定しました。

草刈をするには相手が立っていないといけません。では相手を立たせることを考えます。僕は脇を蹴ります。安全に脇を蹴るにはどうすればいいか色々考えてみると、スパイダーからのやる方法を工夫しました。ということで「スパイダー⇒草刈⇒フットロック」を設定しました。

とはいえ、スパイダーをちゃんと維持できないといけないので、キープの方法を学ぶ必要があります。

『コンプリートスパイダーガード/渡辺和樹』チャプター5

そうしてるうちに色んな工夫が生まれて、「スパイダー⇒脇を蹴る⇒奥足をキャッチ⇒(ワンレッグX)⇒草刈⇒フットロック」という流れができました。これはよくかかります。

この中で一番厄介だったのが相手を立たせる方法なのですが、これは金古一朗さんの動画(片襟片袖から)を参考にしました。

まずは「ガードを選ぶ⇒戦術を選ぶ」ことが多いと思いますが、「ゴールを設定←ルートを設定←そのために必要なパーツを集める」というやり方もあります。

とはいえ、ガードから始めようが、サブミッションをゴールに考えようが、どういうテクニックがあるかを自分で検索できないと技を工夫することができません

この問題点についてもう少し考えてみましょう。

教則動画の選び方は3つある

教則動画を探す軸はこの3つになるかと思います。

  1. 好みの選手で選ぶ
  2. テクニックで探す
  3. 定番を選ぶ

好みの選手で選ぶことの根本の難しさ

好みの選手で選べばいいのでは? 実は簡単な方法ではありません。

なぜなら多くの初級者は自分の好みなんて持っていないですし、有名選手も知りません。

これは柔術特有ですね。サッカーならメッシ、ロナウドのプレーは誰でも見たことがあるでしょう。でも柔術の場合Mica GalvaoAdam Wardzinskiの話題をジムで出しても、通じるメンバーは僅少です。

そもそも多くの人が有名選手のプレーに感銘を受けて柔術を始めたわけではなく、誰かを目指してテクニックを磨いているわけではないのです。

というわけで、まずは有名選手のテクニックを知ることから始めないといけません。やり方はいろいろありますが、Youtubeが一番手軽でしょうか。

Youtubeで「IBJJF world」と検索するとたくさん試合が出てくるので、かっこいいなと思った選手がいれば、その人の教則動画または得意ガードをテーマにした誰かの教則動画をまずは買ってみるのがいいでしょう。

テクニックで選ぶには用語の知識が必要

これも実は難しいのです。というのも柔術にはテクニックが多すぎるのです。

たとえば僕はクローズドガードを使い始めた時、フラワー、シザー、腕長しくらいしか知りませんでした。他にもヒップスロー、スター、ペンデュラム、オモプラータなど10個以上はあります。さらに派生するラバーガードもあります。

ハーフガードになると「●●ハーフ」とスタート位置が複数あるので、数倍の展開があります。

僕は柔術歴が2年なので一通りの名称を知っているのでなんとか探せますが、用語の知識がない初心者は検索ができないです。

さらに厄介なことに講師によって用語が異なったり、講師が名称を間違えていることもよくあります。

脇差しパスの一種に「問答無用パス」というテクニックがありますが、この名称を使わない人もたくさんいますし、脇をささずパンツグリップから入っているのに脇差しパス(展開によって差すこともあるから)と説明する人もいます。

詳しい人がいると助かる

先日BJJ LABのグループチャットで自分がよく使うハーフガードからのスイープの名称について質問しました。

グループチャットで質問してみた

下前さんから「(それはもはやハーフではなく)Xガードへ切り替えているのでは?」と教えてもらいました。

博識の仲間がいると助かる

※僕の動画ではワンレッグXや相手が別のアクションをしたのでバックに切り替えていますが、右足でXガードを作るのが自然な流れです。

僕の頭の中では「これはハーフガードからの展開だ」と固定観念があったので、ずっとYoutubeで「Halfguard sweep」で検索していました。当然見つかりません。こういうことも起こります。

たとえば「オクトパス」の形はハーフからの展開ですが、そこからのスイープはもはや「バタフライ(ガード)」の展開と言っていいでしょう。もっと頻出する例を出すと、ハーフガードを作ろうと足を絡みに行った場合、相手のポジションによってはリバースデラヒーバ、ハーフガードの中間のような形にもなります。その場合両方のワードで検索をかけてみるしかありません。

定番作品から選ぶ

いかに柔術の教則動画を選ぶのが難しいかご理解いただけたと思います。となると、体系的に身につけるには、一定の網羅性があるベーシックな教則動画から探すしかありません

おすすめ教則

まずはメジャーなテクニックでその使い手の教則動画を見て、一通りやってみる。そこまでやれば、出てくるワードも覚えるのでYoutubeを選んでいく(英語でも)。それから気になる使い手の教則動画を買う。

おそらくこれが一番いい方法ではないかと思います。

定番であっても合う合わないは明確にあります。たとえばマルセロ・ガルシア氏の『バタフライガード』の教則を勧められて視聴したのですが、どうにもしっくり来なかったです。でも加古拓渡さんの『バタフライガード』はわかりやすく、僕はいくつか使えるようになりました。

一つの教則で完結することなどあり得ない

たとえば前述の岩崎正寛さんの『ハーフガードの原理原則』ではハーフガードのあらゆる展開が網羅されているわけではありません。
柔術哲学さんの解説記事をご覧ください。

基本のハーフを覚えたら、バックに回ったり、ドッグファイトを仕掛けるコヨーテハーフのスタイルが好きだとなる。次にLucas Leite『The Coyote Half Guard』を買ってみるという流れです。

このようにまずは幹を作って、枝葉を増やしていくしかありません。

スタイルなんて変わるんだからたくさん吸収していけばいい

ベテラン柔術家の教則動画の解説を読んでいると「このテクニックは●帯まではよく使っていました」というコメントを見かけます。柔術はスタイルチェンジは誰しもあります。すべてのテクニックを網羅することは無理なので、好きなもの・得意なものを磨いて楽しむのが一番の上達方法です。

最後に橋本さんが教則動画を学ぶ上での心がけを投稿していたので引用します。

今後もBJJ LABは、あらゆるレベルの柔術競技者にお役に立つコンテンツを制作していきます。ご要望・ご感想をぜひお寄せください。