なぜ柔術家がレスリングを学ぶのか?

筆者紹介:安藤慎一朗

ブラジリアン柔術青帯。noteで「柔術哲学」のブログを書いています。フローチャートを用いた教則の解説レビュー記事を20本以上書きました。柔術も文章を書くことも好きです。2023年全日本マスター柔術オープン青帯階級別優勝、2023年全日本柔術選手権青帯階級別3位

この記事がおすすめの方
  • レスリングが気になっている柔術競技者
  • テイクダウン、立ち技を強化したい方
  • 際(きわ)の攻防で負けてしまう方
  • タックル、スイープを強化したい方

1.レスリングブーム

昨年(2023年)からMMA・柔術界隈に空前のレスリングブームがきています。柔術家向けのレスリングセミナーや教則動画、SNSの投稿が多くみられるようになりました。トップ選手でもレスリングに取り組んでいる人は多いです。

https://twitter.com/tomohashi_/status/1747204194162049181
https://twitter.com/kento_cdbjj/status/1692558396443234763

BJJ LABでもレスリングのコンテンツが人気です。

また、Wrestling Platformの有元伸悟先生の指導やセミナー、教則動画、SNSやブログ等の発信、そして大会(all or nothing)の開催などの取り組みの成果もあると考えます。

2.レスリングはすごい

レスリングは世界最古の格闘技と言われています。古代ギリシア時代から数千年に渡って進化し続けてきた取っ組み合いの技術は実戦的かつ芸術的です。

トップレスラーは身体能力もテクニックも根性もすごいです。レスリング出身のMMA選手の強さがそれを証明していると思います。

相手の背中(両肩)をマットにつけさせるフォール(抑え込み)は、格闘技の本質です。いかにフォールをするかを考え続けて進化してきたレスリングは格闘技として完成度が高いです。

3.柔術家にレスリングはいらないでしょ、という人

MMA選手がレスリングを学ぶメリットは分かりやすいと思います。テイクダウンの技術はMMAの勝利に直結します。上を取ることは組技において重要です。

しかし、柔術家のなかにはこう考えている人もいるのではないでしょうか?

「柔術には引き込みがあるから立ち技はしなくてもいいし、テイクダウンは取れて2ポイントだけ。自分はタックルをやらない。瞬発力が必要なレスリングの動きは俺には必要ないよ」

このように、柔術家の中にはレスリングの必要性に疑問を持つ人もいるでしょう。確かに、柔術とレスリングは異なる競技であり、一見すると関連性が薄いように思えるかもしれません。

しかし、実際にはレスリングを学ぶことで、柔術家にも多くのメリットがあります。レスリングの技術は、想像以上に柔術に応用できる要素が多いのです。以下に、レスリングを学ぶことで得られる主なメリットを挙げてみましょう。

  1. テイクダウンを狙わない場合でもレスリングは有効
  2. レスリングはタックルだけじゃない
  3. 最後に足を持って立つときのレスリング
  4. ライバルと差別化できるレスリングの技術

それぞれの詳細は後述します。本記事を読んでレスリングに対する考えが変わったら嬉しいです。

4.積極的にテイクダウンを狙わない人にもレスリングは有効

テイクダウンを積極的に狙う人にレスリングが有効なのは言うまでもありません。しかしそうでない人でもレスリングを学ぶ意味は大きいのです。

立ち技で最も大事なことは「テイクダウンをとること」ではなく「テイクダウンされないこと」です。これはMMAでも柔術でも同様です。MMAは基本下になりたくないし、柔術では何よりも失点をしないことが大切です。

そうすると、「だったらテイクダウンディフェンスだけでよくね?」と思うかもしれませんが、待ってください。

テイクダウンディフェンスだけを学ぼうとするのは非効率です。効果的な防御をするためには、攻撃の仕組みを理解することが必要不可欠です。テイクダウンの技術と戦略を学ぶことで、相手の攻撃意図を予測し、それに応じた防御を行うことができるようになります。つまり、テイクダウンを学ぶことは、テイクダウンディフェンスの能力向上に直接つながるのです。

そして、立ち技勝負をせず引き込みしかしない人であってもテイクダウンの選択肢を持つことは有効です。相手に「コイツは引き込みしかない」と思われると相手は簡単に引き込みに合わせるテイクダウンを狙えます。テイクダウンのプレッシャーがあることで引き込みもしやすくなります。

また、スイープは下からのテイクダウンです。テイクダウンの攻防を学ぶことは下からのスイープのレベルを上げることにもつながります。このように引き込んで下から攻める人であっても、テイクダウンを学ぶことは有効なのです

5.レスリングはタックルだけではない

柔術家やMMA選手がレスリングをやるのはタックルの技術を身に付けるため。そう思っていた時期が私にもありました。

しかし実際にレスリングの教則を見てみると、使っているのはタックルよりも組手争い、がぶり、タックル切りの技術が多いです。これらの技術がとにかく便利なのです。

「レスラーはフィジカルモンスターでレスリングの動きは瞬発力とフィジカルがすべて」というイメージを持っていましたが、実際はそうではありませんでした。フィジカルで劣る人でも対抗できるような技術が数多くあります。

私自身、レスリングのテクニックを使って、若くてフィジカルの強い子のタックルやレッスルアップを切ってガブリでコントロールできました。

「タックルガンガン入るレスリング的な動きは苦手だからオッサンの俺にはレスリングは要らないよ」と思っている人こそ、レスリングを試してみてほしいです。

6.柔術も最後は足持って立つ

レスリングはタックルだけではない、と書きましたが、もちろんタックルも有用です。

「タックル的な動きはスタミナを消費するし得意じゃないからやらない」という柔術家も多いと思います。しかし、試合のラスト10秒でスイープしなければいけない場面ではレスリングのタックルの技術が助けてくれるかもしれません。

「最後は足持って立つ」です。

7.ライバルと差別化するレスリングのピース

7-1 みんながやらない技は価値が高い

ブームがきたとはいえ、まだまだレスリング的な動きを得意としている柔術の人は少ないです。特にマスター世代やピュア柔術家(MMAをやらずに柔術だけやる人)の間では珍しいと言えるでしょう。

だからこそ今がレスリングを学ぶ絶好のチャンスです。レスリングに取り組む人が少ないうちにはじめれば他の人を出し抜くことができます。今後レスリングをやる柔術家が増えてきたら(これ自体は望ましいことですが)、レスリングのテクニックへの対策も広まっていきます。つまり、早く取り組めば取り組むほどお得なのです!

みんなが(まだ)やってないからこそ、レスリングをやりましょう!

7-2 柔術に慣れると鍛えられない要素が鍛えられる

柔術の経験を重ねれば重ねるほど、道着の扱いが上手くなって、体力を温存しながら戦う戦術や柔術に特化した技術が身に付きます。これは良い事でもありますが、同時に弱点にもなります。

そこでレスリングです。レスリングは、柔術では鍛えられない部分を強化してくれます。

たとえば、フィジカル、立ち技、タックル、ガブリ、サイドバックのポジション、際(きわ)の攻防など、柔術では後回しにしてしまいがちな要素を強化できます。これらを鍛えることでライバルと差別化できます。

今のあなたに足りないピースは、もしかしたらレスリングかもしれません。

8.まとめ

シンプルにレスリングは楽しい

ここまで柔術家がレスリングを学ぶ実利的なメリットを紹介してきましたが、実は最大の魅力は単純に楽しいことです。柔術とは異なる技術体系を知ること自体が単純に楽しいのです。長い歴史の中で磨かれてきた組み技の技術は本当に興味深く、食わず嫌いはもったいないことです。

レスリングのルールや技術がわかるとレスリングの試合観戦も一層楽しむことができます。さらに柔術もレベルアップにも繋がり、柔術もさらに楽しくなります。

レスリングを全くやらない格闘技人生と、レスリングをやる格闘技人生なら、後者のほうがはるかに充実します。

近くにレスリングができる環境があればベストですが、それでなくとも大丈夫です。BJJ LAB、Wrestling Platformをはじめとするレスリング教則でテクニックを学んで、柔術やグラップリングで試すだけでも十分に楽しめます。

レスリングの教科書vol.1 〜タックル、構え、崩し〜 山田海南江 | BJJ LAB (bjjlaboratory.com)

レスリングの教科書vol.2 〜タックル切りとガブリ〜 山田海南江 | BJJ LAB (bjjlaboratory.com)

柔術家にも必要なレスリングの動きの基本 〜組み手からタックルまで〜安楽龍馬/稲葉洋人/中村剛士 2023年11月12日(日) @ロータス世田谷 BJJ LAB LOUNGE | BJJ LAB LOUNGE

柔術家にも必要なレスリングの動きの基本 〜構え、ステップ、崩し〜安楽龍馬/稲葉洋人/中村剛士 2023年11月12日(日) @ロータス世田谷 BJJ LAB LOUNGE | BJJ LAB LOUNGE

世界一経験者から学ぶ立ち技 河名マスト 2023年11月12日@パラエストラ天満 BJJ LAB LOUNGE | BJJ LAB LOUNGE

レスリング、やろうぜ!

アンディ